ソーシャルゲームはコンシューマゲームより圧倒的に優れている

ソーシャルゲームコンシューマゲームの弱点をクリアした

過激な挑戦状

任天堂ソニーは、人間でいうと還暦を過ぎている。日本で過去30年間に生まれた企業が、
世界のリーダーに上り詰めたケースはまだないが、その歴史を変えていく」

横浜市内で先月31日に開かれたゲーム開発者向けイベント「CEDEC(セデック)」。ソーシャルゲーム配信サイト「モバゲータウン」を運営するディー・エヌ・エー(DeNA)の南場智子社長は基調講演で、過激な挑戦状をたたき付けた。

セデックは、家庭用ゲーム機向けソフトの開発者が多く集まるイベントだが、広い講演会場はほぼ満席となり、関心の高さをうかがわせた。

ソーシャルゲームは、携帯電話を使い、会員同士がオンラインで対戦したり、共同作業をしたりして遊ぶ。基本的に利用は無料で、サイト運営会社は、広告のほか、ゲーム内で使用するアイテムなどの販売で稼ぐビジネスモデルだ。

ttp://sankei.jp.msn.com/economy/business/100911/biz1009111801012-n1.htm

http://blog.esuteru.com/archives/941019.html

据え置きや携帯ゲーム機を所持している、いわゆるゲーマーからすると
ソーシャルゲーのショボい表現、単純過ぎる作り、ゲーム性を感じさせないクリックゲーっぷりには
「何が楽しいの?」「こんなのにカネ払うなんてバカじゃないの?」という感覚を持つのは当然である。
しかし裏を返すと、それらは
開発コストを抑えつつも金は落とさせる(例えばアバターの見た目を飾るアイテムは多彩にし、ゲーム上の表現は極力省略する)無駄のない工夫された表現力であり、
間口が広く敷居が低い、誰でも遊べるシンプルさであり、
ちょっとした時間で気軽に遊べるカジュアルさなのである。
これにより、ライトユーザーを広く集めた結果、コンシューマよりも儲かる仕組みを作りだした。
ライトユーザーをいかに取り込むかというのは、既存のサードパーティが苦しんだ問題である。

ソーシャルゲームは優秀な集金インフラ

571 名前: 行政官(中部地方)[sage] 投稿日:2010/09/11(土) 22:27:48.69 id:D8w/BQylP [2/2]
こういう基地外商法でガキだまして儲けてんでしょ?
ぜってーそのうち規制されるだろ

http://blog.esuteru.com/archives/941019.html

というように、既存ゲーマーからはまるでユーザーを騙しているかのように言われる事が多い。
しかし残念ながらライトユーザーは納得してお金を払っているのである。彼らにしてみれば余計なお世話なのだ。
一ゲーマーにとっては関係ないかもしれないが、企業にとって最も重要なスキルは、カネを集める仕組みを構築すること。
これがなければゲームを供給し続けることができない。
ただしそれが個人や社会にとって必ずしも正しい事ではないし、企業倫理はどうなるの?という点は置いておく。
いわゆる「儲ければなにしてもいいのか?」という議論ではない。
ここで言いたいのは、GREEDeNAはユーザを騙しているのではなく、優れた集金力をもつインフラを構築するスキルがあるということだ。
そして、ゲーム開発会社にはそれが薄い。それはなぜか?

コンシューマは開発者も消費者も独りよがり

簡単にいうと、「ゲームを愛する人」は、開発者も消費者も、総じて呑気で純潔なのだ。
金を儲けることを悪とさえ感じている人すらいる。(これは清貧という伝統的な価値観と、経済に関する教育がほとんどされないという日本の教育問題も関連している)
そして職人気質であり、「素晴らしいゲームを作ることだけが至上命題」だと本気で思い込んでいる。
以前、カプコンで開発陣と経営陣が衝突して、開発のトップが数名抜けたというニュースがあった。
これも儲かるものを作れという経営陣との意見の乖離があったのだと推察される。
対してGREEは「開発者が面白いと思うゲームはマイノリティであることを自覚せよ」というスタンス。
つまり、独りよがりで売れるわけがないというのである。
これは元スクウェアのプロデューサ坂口博信も「時代のニーズと自身が製作した物にズレがあった」などと発言しているし、
元アトラスの岡田耕始も「従来のシリーズにとらわれない新しいゲームを作りたい」とガイアを設立したが業績は芳しくない状況からも
残念ながら立証されている。
これ以外にも、プロデューサー自身が面白いと思って作ったゲームというのは、世に受け入れられないケースが多い。
ではどういうゲームが売れているかというと、ゲーマーはどういうゲームが面白いと思うか?というスタンスでデザインされたゲームである。
そして、どういうゲームなら売れるか?ということを考えられた企画である。
それを突き詰めてデザインされたのが、ソーシャルゲームで売れているものの姿である。

現在のコンシューマゲーマーの悪癖は以下に見て取れる

625 名前: 政治厨(福島県) 投稿日:2010/09/11(土) 22:37:33.12 ID:3WWObu6g0
>>604
予想以上にクオリティ低かった

638 名前: ナレーター(北海道)[sage] 投稿日:2010/09/11(土) 22:39:08.40 ID:EAfKld200 [4/4]
>>604
ん?音楽とか効果音とか無いの?

652 名前: 信者(長屋) 投稿日:2010/09/11(土) 22:41:26.41 id:SaJFZbNP0 [1/7]
>>604
フラッシュゲー以下じゃないのかコレw
こんなクオリティなら韓国産のネトゲーやった方がまだマシだわ
なんつーか携帯依存症の情弱さん達乙としか思えない

665 名前: イラストレーター(東京都)[sage] 投稿日:2010/09/11(土) 22:44:09.16 ID:3dgcMv910 [2/2]
>>604
こんなのが流行ってんの?www
見てて苦痛だわ

668 名前: 探検家(東京都)[sage] 投稿日:2010/09/11(土) 22:45:19.02 ID:d+ihXOLU0 [2/2]
>>604
スーパーチャイニーズランド3じゃんw
ゲームボーイのw


678 名前: ダイバー(大阪府)[sage] 投稿日:2010/09/11(土) 22:46:35.32 ID:5TwsycYv0
>>604
これを喜んでやってる奴にファミコン与えたら原始人がライターを見たような反応しそう

http://blog.esuteru.com/archives/941019.html

すなわち、ゲームに対して過剰な表現のクオリティを求めることが元凶の一つである。
これにより制作費が高騰し、結果コンシューマメーカーはバクチのような製作しか出来なくなってしまった。
そして、ゲーム単価の安さが苦境に拍車をかける。
素晴らしいゲームをもっと供給せよと求める人たちが、ソフトに1万円以上出すことをよしとするだろうか?
KOEIの1万超のゲームが高すぎると文句をたれる人たちである。パッケージソフトの値段は上げられない。
開発費は高くなるのにソフトの値段は上げられず、日本のコンシューマ市場は縮小傾向にすらある。

よってコンシューマを製作するサードパーティーの会社は生き残るため、
コンシューマゲーム以外の事業で資金を確保して何とか経営を続けていたりする。

結論、ソーシャルゲーム開発の優れた点を盗んで「文化としてのゲーム」を残そう

「文化」であろうがなんだろうが、潰れてしまえばそれも途切れる。
モバゲーのくだらなさを唾棄するなら、素晴らしいゲームがいかにすれば生き残れるか
つまり、どうすれば集金できるかを考えなければならない。その方法論は既にいくつかある。
ソーシャルゲームは素人が考えなしにゲームをデザインし、詐欺的な金銭の巻き上げをしているわけではない。
ライトユーザーがお金を出してもよいと思わせるシステムを作り上げ、需要の掘り起こしに成功したのである。それは発明と言ってもよい。
こうしたソーシャルゲームがどのようにして集金することに成功しているか、という点を必死で研究しなければ
ゲーム性に優れ、表現力が豊かな「文化」としてのゲームは本当に消えるだろう。

少なくともコストを抑えて利益を出す努力に関しては、ソーシャルゲームはコンシューマよりも圧倒的に優れている。
独りよがりの「俺様が考えた最強に面白いゲーム」を作っても、結局何も生み出さないことに早く気付くべきだろう。